となりの億万長者
「となりの億万長者」(初出:1996年)という本は、これまでで最も衝撃を受けた一冊です。三十代でこの本を知ったとき「もうちょっと早く出会いたかったなぁ」って後悔したけど、「いや、こっからっす」と切り替えて、まぁなんとか今があるといった感じです億万長者ではないけど。
若干、扇情的なタイトルからは眉唾な印象もうけますが、アメリカの大学で教鞭をとっていた著者二人が20年以上お金持ちを調査し、さらに、この本を書くために500名にインタビュー・11,000名にアンケート調査を実施して得られた情報を元にして書かれた至って真面目な本です。
多分、二十代でこの本に出会っていたら、付き合う女性に「引かれない」タイミングで「読んでみて」って渡して、共感できる人だったら結婚を考える・できない人ならちょっと無理、って使い方をしたと思う。お金に関する考え方が合わない人と一緒になっても、結局、皆が不幸になるだけですから。
■発端
この本は信託銀行から「富裕層向けの商品を開発したい。ついては富裕層とはどんな人達なのか、何を求めているのか知りたい」という依頼を受けて調査をするところからはじまります。
とりあえず1,000万ドル以上の資産を持つ10名にインタビューをするんですが「高級車に乗り高級スーツに見を包んだ堂々とした紳士達が来るだろう」といった予想に反してやって来たのは「ありふれた国産車に乗ったヨレヨレスーツのどこにでもいるおじさん」みたいな人達ばかり。いったいどうなってるんだ、というのが発端となりお金持ちの定義から考え直すことになります。
■お金持ちの定義
億万長者(原題ではMillionaire)っていうくらいですから「日本円で言うと1億円以上、米ドルなら100万ドル以上の資産をもつ人」なんですが、その中から信託銀行が求める「新たな商品にお金を出す余裕がある人」という条件で絞り込むと、「高級住宅街の豪邸に住み、高級車に乗り、高価なスーツで身を包み、年二回は家族で海外旅行」といった、いわゆる「金ピカのお金持ち」が入ってこないわけです。なぜなら「金ピカのお金持ち」は収入も多いけど支出も多く余裕がないから。
そこで新たに「期待資産額」という指標を考えます。
期待資産額=年収×年齢÷10
たとえば、40歳で年収700万円なら
700万円×40÷10=2,800万円
が期待資産額です。
「資産から遺産相続額を引いた値が期待資産額より上か下か」で蓄財能力を評価します。資産が期待資産額の2倍以上なら特に優秀な「蓄財優等生」、半分以下ならかなり劣っている「蓄財劣等生」です。まぁ、アメリカではほとんどの会社で日本のような退職金制度が無いらしいので(そもそも定年退職も無い)、日本の会社員にとっては若干厳しい指標のような気はしますが。
■倹約・倹約・倹約
世の中に出ているお金に関する本の主張は、だいたい、以下の三種類に分類されます。
①収入を増やしましょう
②支出を減らしましょう
③残ったお金を運用で増やしましょう
この「となりの億万長者」ではその全てに触れていますが、最も重点を置いているのが「②支出を減らしましょう」です。
著者二人の長年の調査から、お金持ちの特徴を3つあげるとすれば「倹約、倹約、倹約」とのこと。マスコミなどの影響もあってか「お金持ち=普通の人よりも多くのお金を使える人」という印象を持ちがちですが、使ってしまったらお金は残らないわけですからね。
大概の人は収入が増えると、良い家に住んだり、良いものを食べたり、良い服を着たりと生活水準を上げてしまいがちですが、億万長者はそういったことはせず、いままで通りの生活を貫くそうです。
■億万長者の平均像
では倹約意外にどういった特徴があるのか、以下、この本で列挙されている億万長者の平均像です(1996年にアメリカで出版された本なので現在の日本から見ると、若干、違和感のあるものも含まれていますが、本質的な部分は現在と共通するものが多いと思います)。
- 57歳男性既婚、子供は三人
- 仕事は極ありふれたもので「溶接の下請業」「競売人」「米作農業」「移動住宅(トレーラーハウス)専用駐車場の経営」「害虫駆除」「コイン・切手のディーラー」「舗装下請け業」など
- 共働きは2割。妻の職業で一番多いのは教師
- 平均所得は24.7万ドル(2,500万円ほど)。所得分布で最も多いのは13.1万ドル(1,300万円ほど)。
- 平均資産額は370万ドル(3.7億円ほど)。資産額分布で最も多いのは160万ドル(1.6億円ほど)。
- 平均すると年収は資産の7%以下
- 最低でも年収の15%を貯蓄
- 8割は親からの遺産相続無し(つまり自力で資産を築いた)
- 自家用車は国産のありふれた車
- 自宅の所在地は、庶民的な、昔ながらの住宅街
- 97%が持ち家。50%は同じ家に20年以上居住。
- 配偶者も倹約家
- 最終学歴は大卒以上が8割
- 投資には熱心。ただし投資の判断は必ず自分で行う
この中で特に注目すべきなのは「平均すると年収は資産の7%以下」という部分でしょう。要するに明日から収入が無くなっても、14年程度は生活水準を落とすことなく生きていける、ということです(実際は年収よりも少ない額で生活ができているので14年以上です)。逆に「金ピカのお金持ち」の場合、収入は多いもののそれに比べて資産が少ないので、収入が断たれると、即、生活に困ることになるわけです。たとえば、貯蓄が1億円あったとしても、年間の生活費が5,000万円なら、2年で生活が破綻してしまうわけですから。こういう人は億万長者ではあっても蓄財劣等生、というわけです。
また、インタビューの中である億万長者が、
「牛を一頭も持っていないくせに、大きなカウボーイハットをかぶって、見かけだけは一丁前の牧場経営者、ってヤツがいるんだよね」
と言ったそうです。要するに見栄っ張りは金持ちになれないし、みっともない、ということでしょう。
■私見:どう生きるのが心地良いのか?という問題
結局は生き方の選択の問題なんですよね。「フローよりもストック重視で、収入が断たれてもしばらくは困らないだけの貯蓄をしておく」か「ストックよりもフロー重視で、貯えはそれほど多くなくても良いから収入に見合った生活を楽しみたい」か。
どっちが心地良いのかはその人の性格にもよるでしょうが、どっちにしても「自覚して選択しているかどうか」がポイントで、かつての私は無自覚なまま周りに流されるように「収入に合わせた生活」をしていました。本当はストック重視の生き方に心地良さを感じる性格なのにフロー重視の生活をしていたので、何とも居心地が悪く常に不安だった気がします。今の日本では、社会全体があの手この手でとにかくお金を使わせようとしてきますから、意識していないとそうなってしまうんですよね。
それと、日本の会社にとっても「フロー重視」の社員は好都合なんです。十分な貯えの無い社員は会社にしがみつくしかなくなるので好きなように使えるから。日本の会社では自宅を購入した途端に転勤させられるケースがよくありますが、そういうことです。
また、ネットニュースなどの記事でも「年収○千万円の暮らし」といったものは頻繁に見ますが「生活費はいくらで、貯蓄がいくらで、収入が断たれたら何年生活ができるのか?」といったことは、面白くもないのでほとんど記事になりません(「老後の貯蓄2,000万円問題」とか「リタイア後、年金支給までの期間をどう乗り切るか」みたいな高齢者向けの記事は見かけますけどね)。
多くの人は「収入がいくらなのか?」に興味があるからそうなるんだと思いますが、実はストック重視の人間は「収入を増やすこと」にはほとんど興味が無いんですよね。重要なのは年収の額ではなく
- 自分が満足できる生活のイメージをはっきりさせること
- その生活水準を維持するために必要な金額を明確にすること(ストック重視者の場合、これは収入よりもはるかに少ない額です。年収と比較したら1/3とか1/4とか)
- 「年間の貯蓄目標額は○円」「金融資産が○円になったら引退」など目標を明確にして金融資産を増やすこと
です。つまり、今の生活に満足しているから収入を増やすことに執着する必要がないんです。少々収入が増えても引退時期が若干早まる程度なので。
収入を増やすことに興味が無くなると社畜状態から脱することもできます。無意味な長時間労働なんかする必要はありませんから(ちなみに「ストック重視」に切り替えた時点で周りの同調圧力も気にならなくなります)。それに「いまの年収の1/3、1/4で暮らせるなら、最悪、バイトでもどうにかなるだろ」と考えればかなりラクになります。
「でも、そんな生活って味気ないんじゃない?」と思われるかも知れませんが、果たしてどうでしょうか。
■で、億万長者ってどんな人?
この本で紹介されている億万長者の特徴を「支出を減らす・収入を増やす・残ったお金を運用で増やす」で分類整理してみました。
- 支出を減らす
- 倹約:無駄なことにお金はかけません。上記の通りブルーカラーと言って良いような職業が多く、スーツや靴、腕時計や車などにお金をかける必要もありません。ちなみに医者に蓄財優等生は多くありません。理由は「社会的信用を維持するために立派な家・高級車・高価なスーツなどにお金を使う必要があるため」「就学期間が長いため社会に出るのが遅く、資産形成にとりかかるのが遅れるため」などです。弁護士、公認会計士なども同様です。
- 家計管理:必ず年度の予算計画を立てます。食費、衣料費、住居費など何にいくらかかっているのか正確に把握しています。
- クレジットカード:最低限の枚数しか所持しません。
- 車:故障の少ないありふれた国産車を乗りつぶします。
- 親からの経済的な援助:ほとんど受けていません。ちなみに親からもらったお金は消費行動に使われがちで(分不相応な車や家の購入など)、その結果、さらにお金のかかる状態になってしまいます。
- ただし、投資、経理・税務、法律、医療・歯科、教育、住宅などについては必要と判断したら相当の金額を使います。
- 収入を増やす
- 仕事:蓄財優等生のうち自営業者は59.1%です。
- 自分の性格にぴったり合った仕事を選んでいます。
- 残ったお金を運用で増やす
- 資産運用:蓄財優等生は月8時間以上、年100時間以上を資産運用のために使います。これは蓄財劣等生の2倍弱です。
- 投資判断:すべて自分で行います。証券会社の営業マンに進められるままに何かを買うようなことはありません。
- 株:億万長者の95%が株を所有しています。購入した株はある程度の期間、保有します。短期売買は滅多にしません。
- その他の特徴
- お金の心配をしなくても済むことのほうが、世間体を取り繕うよりずっと大切です。
- 家族と過ごすのが最も幸せな時間です。
仕事に満足していて、お金の心配も無く、家族と一緒に居ることが幸せならそれで十分なんですよね。見栄やストレス発散のために買い物や海外旅行などで散財する必要も無いわけです。収入が増えたとしても生活水準を上げずに済むのは、今が幸せだからなんでしょう。
最後に、この本では成功への鍵として以下の3点が挙げられています。
・自分をコントロールする精神力
・犠牲をいとわぬ態度
・勤勉さ
こういった性質は先天的なものもあれば、子供の頃からの教育で身につく後天的なものもあるでしょうが、そもそもそういったものを持ち合わせずにすでに大人になってしまっているとしたら、億万長者への道は「宝くじに当たる」くらいしか残されていないのかもしれないですね。
おわり